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第2章 老紳士と黒服の女、インディーズバンド「Spellters」、シティー派のギャング

Regina Spektor "Us"

コンビニエンスストアに着くと、先がガラス製の鳥の形をした杖を握りしめ、シールやら缶バッチがやたらと貼っているボストンバックを側に置き、縁石に黒い服を着た女がうずくまっている。
「頭が痛い、頭が痛い。」とぶつぶつ呟いている。
薄気味悪いなと運転席に乗り、キーをさしてエンジンをかけようとしたその時、
「どこでも良いわ、とりあえず車を走らせて。」と不機嫌そうに助手席のドアを開け勝手に座りこんだ。
「どうしたんですか?近くの病院に行きましょうか?顔色悪いですよ。救急車の番号って…」
「はやく走らせてよ!」
「いや、でも顔色が…。」
「いいって言ってんじゃない!!」

イライラしているのか、ダッシュボードをバンバンと蹴り上げる。
僕は黒服の女を睨みつけると小さな声で、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、早くこの場から離れたいの。もうすぐ行けば高速道路の入口が見えるから。」
彼女の指示通り高速道路に乗り、とりあえず車を走らせた。

The Roosters "恋をしようよ"

簡単に僕の自己紹介をしたが、とりたてて面白くもないのか、黒服の女は窓の外を見ている。
「そういえば君の名前、聞いてなかったね。」
「私の名前?ええっと…。」適当な名前を言ったが多分偽名だし、僕は僕で極端に人の名前を覚えられないし、どこにでもあるような名前を言ったが忘れた。
ハンドルを握りながら外をぼんやり眺めると、灯台や船の明かりが見えてきた。
周りの女たちの間で、情緒不安定が流行っているのかと自分に突っ込みを入れ、ふと助手席を見ると、黒服の女は疲れていたのか杖を握りしめたまま眠っている。
ラジオからThe Roostersの特集がしているらしく『恋をしようよ』が流れてきた。何となく気まずいのでボリュームを下げると、
「ねえ、私としたい?いいわよ、遅くなっちゃったしそこのラブホテルでしましょうよ。」
黒服の女は起きたのか、またボリュームを上げ、少し先に見えるラブホテル街を指差す。

ラブホテル

パネルには部屋の内装が見える。黒服の女は空いている304号室と書かれた部屋のパネルにあるボタンを押す。
部屋番号が掘られたプラスチックのキーホルダーを振り回している黒服の女は苛立ちながらエレベーターのボタンを押している。
3階の一番奥にある304号室。室内は海の近くもあり、壁には魚やクラゲやイルカ、グランブルー色のライト、ダブルベットにしては大きすぎるベッド、ストロベリーの香りがするローションが入った小さなボトル。
嗅いだ事の無い甘い匂いが室内に漂う。
僕はベッドに腰をかけ、黒服の女を眺める。黒い服は良く見るとベルベット地のワンピースで、吸い込まれるような黒だ。黒服の女は手に持っていた杖とボストンバックを三面鏡のそばに置き、椅子に腰をかけ鏡越しの彼女の顔を見る。
黒い服もそうだが髪も黒いのもあって陰鬱な雰囲気ではあったが、よく見ると二重がくっきりとした整った顔立ちだ。
僕は彼女の肩から手を掛け、そのまま陰部に手を入れてみる。全然濡れていない。気が引けてまたベッドに戻った僕は、そのまま倒れ込む。

The Be Good Tanyas "Broken Telephone"

ベッドに備え付けられたスイッチ郡。あるスイッチを押してみる。入口辺りのライトが消える。また別のスイッチを押すと音楽が流れてきた。
「The Be Good Tanyasの『Broken Telephone』って言う曲よ。」
彼女はいつの間にか机に紙と羽ペン、インクを取り出し適当な絵や言葉を描きながら話す。
「なぜこの曲を知っているの?」
「バンドのメンバーがいつも弾いていたの。」
「バンド組んでいるの?」
「ええ、全然売れないけど…。そもそも売れるようなバンドじゃないわね。3ピースでバンド名は”Spellters”。夢の中で祖父があるバンドを紹介した時の名前をそのままつけたの。一人は山本ドラム。ドラムって名前だけど別にドラムを叩く訳じゃなくギターを弾くの。初めて彼女に会った時に名乗ったのがその名前だったから。ライブをした後に本当の名前を聞かされたけどどうせ彼女も偽名ね。どうでもいいけど…。もう一人はトニー。コーンフレークのパッケージにあるでしょ、トニー・ザ・タイガー。彼はそれに似ていたから私がつけたの。器用で何でも出来るのよ。で、私はピアノとたまに歌ったりするわ。」

ラブホテル

山本ドラムも偽名を使っていると話す彼女は、無意識に「彼女も…」と自分も含めた言い方だったが、僕はあえて指摘せず彼女の話の続きを聞く。 「二人ともcrazyだけどとても気が合うの。」 あなたも十分crazyでしょ。 「レコード会社の人はどうしても音楽のジャンルにこだわるのね。お前たちのバンドは”カウンターカルチャー”だって。一般的な価値観がこの社会を形成しているんだ。それを根底から否定するのがお前たちバンドの存在意義なんだって。自分に酔った感じで熱っぽくプロデューサーは言っていたけど、私たちは別に否定も肯定も、いいえ社会性なんて…、特に私は考えてなかったわ。ただ、彼らと一緒にいれれば何だってよかったのよ。で、山本ドラムがよく弾いていた曲がこの曲よ。」
『Broken Telephone』か…、はあ、何もかも壊れかけているのかもしれないと天井のライトを見ながら考えていると彼女は僕にまたがり、ズボンのチャックを下げ、ペニスを口にくわえた。
すぐに勃起し…、そのまま果ててしまった。彼女はトイレに駆け込み、口に含んでいる精子を流しているのか嗚咽が聞こえる。一通り吐き終えた彼女はタオルで口を拭き、僕に投げつけ服を脱ぎ、布団の中に潜り込んだ。
彼女の肩越しに僕は謝るが反応がない。彼女の顔を覗き込むと目を瞑っている。寝てはいないが何となくしゃべりかけてはいけない雰囲気があったので、シャワーを浴び彼女とは反対方向に寝転んでぼんやりと窓辺に見える海を見ていた。

ラブホテル

いつの間にか寝てしまったのか、ベッドにあるデジタル時計の表示は『8:30』。やばい完全に仕事に遅刻だ。
「どうせあなたがいなくたって回るような仕事でしょ。それより折角海の近くに来たんだしちょっと寄って行きましょうよ。」
黒服の女は、三面鏡の椅子に座り、既に起きていたのか昨日着ていたベルベット地のワンピース姿でホテルに備え付けのコーヒーを飲んでいる。
知ったような口を聞きやがって…、でも確かに僕がいなくても回るのかもしれない。郊外にある24時間フル稼働の配送工場で僕は働いている。広い工場内に地域毎に線引きされた枠が引かれており、その枠内に大小ある段ボール箱を組み立てる。別の人はその段ボール箱に客が注文した生鮮食品や日用品なんかを入れていく。
やっぱり僕がいなきゃ回らないんじゃないかなと少し心配だったので会社に電話をかけ、今日は休みたい旨の適当な言い訳をしていると彼女はコーヒーカップを机に置き、ボストンバックと杖を手に持ち、部屋を出てしまった。
やれやれ面倒な事になったなと僕も早々に着替え、駐車場を急いだ。
海はすぐそばにあり、近くのパーキングに停め、砂浜にある流木に二人で腰をかける。
黒服の女は杖を持ちながら、海を眺めている。

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